西岩部屋おかみさんブログ

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2021/07/10 親方が45歳になりました



7月10日 夜
携帯に写真が送られてまいりました。
「みんなに祝っていただき感謝。」と言葉が添えられています。
親方からです。
みんな元気そう!


宿舎のオーナー様からはケーキを。
弘行、正男、一馬、床明からはTシャツのセットを。
お相撲さんたちからは印伝の小銭入れをプレゼントして頂きましたそうです。
有難い限りです。
この有難さは、このコロナ禍でぐっと増します。
何におきましても当たり前のことが当たり前にできなくなりましたが、そこに人々の工夫が加わり、その背景が見え伝わったとき、今まで以上に感謝が生まれます。

「こんなときなのに、有難い」
その一言です。

オーナー様からは、
ケーキはいつもはお相撲さんたちと相談しながら決めるのですが、今年は相談が出来ずこちらで決めさせていただきましたとご連絡をいただきました。
お世話になっているにも関わらず、お互いの安全を考え、今年は一緒にちゃんこを囲むこともできません。感謝の表現も何が常識で何が失礼なのか混乱する世の中になってしまいましたが、規定をお伝えするところから始まり、今年も快く宿舎をご提供頂きましたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
みんな、お昼のちゃんこでは、オーナー様の畑の朝採り野菜をいただいてるそうです。贅沢の極みです。有難うございます!

弘行、正男、一馬、床明からは、
事前に親方へのプレゼントは何がいいと思いますかと少し相談を受けていました。皆の気遣いに感謝です。普段使えるものが嬉しいと思いますとこたえましたが、Tシャツになったようです!
親方のTシャツのサイズは4L。なかなか置いているお店はありませんので、大変だったのではないかと思います。

お相撲さんたちは、
みんなで相談して決めて、きっと、番付発表前の外出してもよい期間に浅草で購入してくれていたのでしょう。ということは6月に?
約一ヶ月前から準備してくれていたことになります。
誰かが代表で買いに行き、誰かが名古屋行きの自分の荷物の中に入れて持ってきてくれたことを思いますと、その準備諸々全てに感謝です。





親方も、もう45歳なのですね。
引退してからここまで早かったので感慨にふけります。
6年前、39歳の誕生日を名古屋場所の最中に迎え、その場所の千秋楽に引退を決意しました。
若の里にとって、名古屋場所は引退場所。
最も思い出深い場所です。
「相撲をやめたくない。ボロボロになるまで土俵に上がりたい。」
そう言って、9度の手術を乗り越えました。
10度目の手術も考えましたが、年齢的にも番付のことを考えると幕下には下がれない。
もう最後は手術をせずに、膝の水を抜きながら、やれるところまで、と土俵に上がる日々でした。
最後の名古屋場所では体育館の階段を昇るのも、手摺りを握りしめ、ゆっくりゆっくりと、、、。下から付け人のお相撲さんが手を添えてくださっていました。


23年半の現役生活を終え、
41歳で独立。
西岩部屋を創設いたしました。



今度は師匠として、新たな人生が始まりました。
部屋の基盤は、まさに今つくられています。
師匠の教え、口から出た言葉だけでは人は育ちません。
まだ3年半ですが、我が子の子育てよりも難しいです。
師匠の毎日の振る舞いがいかにお相撲さんたちの教育に繋がるかが徐々に解ってきました。

師匠が普段から嘘をつかなければ弟子も嘘をつきませんし、極端に言えば師匠が誰も見ていない短い信号でも赤信号で立ち止まれば、弟子も渡ったりはしません。
家庭と同じだなと思います。
母親が普段から脱いだ服を畳まず置けば、子どもも、"ああ、こうするものなのか" と自然に真似をします。
紙屑一つ、ゴミ箱に投げ入れたならさあ大変。子どもは悪気なく真似します。
服は畳む、ゴミは歩いて捨てにいく。

こう育って欲しいと思うなら、
こっちがやらなきゃ、ついてくるわけない。
それが教育なんだと気付かされる毎日です。



今、皆んなが親方の厳しさ、誠実さにしっかりとついて来てくれています。
誠実であれば、波はあっても沈むことはない。
同じ船に乗り込んだ以上、そう親方を信じて皆でついていくのみです。


65歳まであと20年。
皆んなの出世を見届けるために
とにかく元気でいてください。





梅雨明けが待たれます東京の空に
大きな虹が架かりました。
お誕生日おめでとうございます!