西岩部屋おかみさんブログ

大相撲西岩部屋の備忘録として利用しています。【公式twitter】https://twitter.com/nishiiwabeyaです。

2020/01/24 若藤岡 勝ち越し

令和2年初場所13日目
冬の朝、
ひんやりとした両国国技館の、「正1」と書かれた分厚い扉を開けますと、そこはまだ辺り一面えんじ色です。

土俵下で見守る親方を背に、勝ち名乗りを受け、静かにお辞儀をする若藤岡がいます。

若藤岡 耕司 17歳
初めての勝ち越しです。
入門は平成30年3月、
以降、3勝4敗の場所は5度ございましたが、あとひとつの星を掴むことができませんでした。

ようやくこの日が来ました。
目の前の勇姿に、私ももう涙が止まりません。

この日の朝、若藤岡に「約束を憶えていますか?」と訊ねました。
「はい、憶えています。」すぐにそう返事がありました。
「どの場所であっても、あなたが初めて勝ち越す瞬間を必ず観に行きます。」
ちょうど一年前、私は若藤岡にそう約束しました。

平成31年初場所、若藤岡が負け越して部屋に帰ってまいりました際、玄関で拳をつき、「ただいま、場所から戻りました」と絞り出すような、か細い声の挨拶でした。
一呼吸おき、下げた頭を起こした瞬間。
ぽろぽろぽろ、、、と大粒の涙がこぼれ落ちました。
そのときに、
この子と、絶対に破らない大きな約束をしようと思いました。



親方もまた特別な思いで、若藤岡を見てまいりました。
ここ数場所は、次の場所こそはと、朝稽古、夕方の筋力トレーニング、夜の自主トレーニングでも、集中的に若藤岡のメニューを考え、若藤岡が気を抜いてしまっているなと感じた時には「悔しくないのか」と檄を飛ばし、奮い立たせてきました。
「もっとこう!」と親方が声をあげると、それ以上に大きな声で「はい!!」と、苦しくてももう一丁、もう一丁、と顔を真っ赤にし、歯を食い縛りながら汗を飛ばす若藤岡。
この努力が実ればいい、でもその前にもう苦しいのは嫌だとやる気が失せてしまったらどうしよう、まだ子どもだから楽な方にいってしまうのでは、、、と心配した日も少なくありません。


負け越しを重ねるにつれ、若藤岡は、親方が付きっきりで見ていなくても、黙々と毎日トレーニングをするようになりました。






そして今場所、
令和2年初場所が始まりました。
5日目の相撲を終えたあと、親方は若藤岡を呼び、そして他の力士たちみんなも集め、自宅の和室で若藤岡のこの日の土俵態度を厳しく叱りました。
あれだけ勝ち越してほしいといつも願っている若藤岡に、今この場所の最中に、と私も見ていて辛くなりましたが、若藤岡はいつものように、親方の教えをしっかりと頷き聞いています。
指導が入った理由は、取組が決まったあとの動作です。
"耕司、なぜ負けて首を傾げるんだ"
"なぜ、動きを確認するポーズを取るんだ"
それはやってはいけない。

『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』

思いっきり全力を出しきったなら、負けてもいいんだ。そのくらいの気持ちでいって、それで負けたなら、すぐに下がってきちんと礼をすること。
相手に、土俵に、
敬意を表することを忘れてはいけない。

若藤岡は、とても落ち込んでいましたが、次の取組では丁寧に頭を下げることを心掛けているのが分かりました。
まだ17歳です。
ゆっくりじっくり、基礎の基礎、人としての芯を作っていきたいというのが親方の考えです。

挫けず頑張れ!
挫けず頑張れ!
親方も、私も、今場所は毎日若藤岡の顔を見るたびに心の中でそう唱えていました。



3勝3敗で迎えた13日目、
勝ち越しました。



外で待っていますと、恥ずかしそうに、嬉しそうに、歩いてくる若藤岡。
道路ですが、しっかりと両拳をついて挨拶をしてくれました。
ScNmSilXDD.jpg
握手をし、いろいろ話していますと、近くにいらっしゃった方が、その話している内容を聞き、「おめでとうございます」とお声を掛けてくださいました。
そして、お写真まで撮ってくださいました。
_var_mobile_Media_DCIM_142APPLE_IMG_2561.JPG




部屋に帰り、改めて親方へ報告です。
親方も本当に嬉しいと申しております。
GfpCALmGgV.jpg

帯に挟んだお財布に、御守りが結んであるのが見えました。

「母からです」


今のまま、素直で優しい心を持つお相撲さんでいてください。
『頑張ればいつかは勝てる』
西岩部屋に、嬉しいニュースをありがとう!!
これからも一緒に頑張りましょう!!