西岩部屋おかみさんブログ

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名古屋場所を終えて

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【若佐竹】
名古屋の宿舎に1歳5ヶ月の娘を連れて行きました。久しぶりに会うお相撲さんたちのお顔を見て必ず一度は泣いてしまいます。「ほら、お相撲さんのお兄さんたちじゃない、どうしたの」と言いましても、一度泣いたらあやし続けるしかありません。
無言で若佐竹はその場から離れます。
戻ってきました。
どうやら大部屋に行っていたようです。
困り果てた私の元へ若佐竹が近寄り、「はい!」と娘の顔の前に鰻の縫いぐるみを出してくれました。
ニョロニョロっとした細長くて肌触りの良い縫いぐるみです。
親方、若佐竹、若野口で浜松サービスエリアに寄った際に旅の記念に購入したものだそうです。
そうやって泣き止む方法を考えてくれる若佐竹はやはり本当に優しいなと思います。
三男坊で弟も妹もいないのに、弟弟子にも我が家の娘にもいつもあたたかい眼差しで接してくれます。
この夏は自主練を中心に心身を鍛えるとのこと。
ストイックなところがありますので頑張りすぎが心配ですが、どんなことがあっても土俵では水を得た魚のように相撲を楽しむ若佐竹。
今のまま、日々の稽古、本場所の土俵を楽しんで欲しいです。

【若野口】
一晩寝て、切り替えのできる子です。
まるで起き上がり小法師のようです。
些細なことで叱ってしまったこともあります。ですが若野口は、翌朝には笑って「おかみさん、さっき稽古見にきてたお客さんが...」といつも通りの明るい態度で話し掛けてきてくれます。
"どうしよう、言いすぎてしまった"と朝まで眠れなかったこちらが拍子抜けしてしまいます。
頭の良い鈍感力を持っています。
それがいいんだ、お相撲さんらしくて、と親方は若野口の性格を相撲に向いているといいます。
若野口はこの休暇後、親方の付け人として巡業に同行いたします。
初めての経験ですし、親方、関取の皆様、付け人の皆様もきっと年上の先輩方ばかりです。
戸惑うことも多いと思います。
大丈夫です。
頑張って、やろうとしている姿を見て放っておく人は誰もいません。いつも通り一生懸命に明るく動いていれば、何かあった時、近くにいる先輩方が必ず手を差し伸べてくださいます。
年下だから大変。
わからないから大変。
その反面、年下だから可愛がってもらえます。
頭を下げて何でも頼りなさい。
みんながお盆休みの時も毎日お仕事ですが、この経験が大きな成長に繋がることでしょう。
親方と東北の美味しいものをたくさん食べて、それが親方と若野口、二人にとって一生の想い出になるくらい、巡業というお仕事を楽しんできてください。
皆んなでお土産話を楽しみに待っていますね。
体に気をつけて行ってらっしゃい。

【若中谷】
名古屋に入る前、東京で歯の治療に行きました。出稽古の際、歯が縦に割れてしまったのです。歯を抜くことになりました。
親方がお父様へ電話でご連絡を。
するとその後お母様からメールをいただきました。
「ご迷惑ばかりお掛けして申し訳ありません。
大きい怪我とか以外は私たちに気を遣わなくてもいいですよと主人が言っていました」と。
若中谷のお父様には親方は感服しております。
「預けたのですから何をしてもいい、全て親方の指導にお任せします」
「息子には、右の頬を叩かれたら、左の頬も出して叩いてもらうくらいの気持ちを持って欲しい」いつもそう仰ってくださいます。
何をしてもいいというのは暴力を振るってもいいという事ではなく、それだけ西岩の指導法を信頼してくださっているという事です。
親方冥利に尽きる御言葉でございます。
歯医者などは基本的には一人で行ってもらいます。ですが10代の子が歯を抜くのです。親方も私も二人ともついて行きました。
「痛かったら手をあげてください」
歯科医の先生にそう言われても若中谷は歯を抜き終わるまで一度も表情を変えず手もあげませんでした。
そういう子なんだなと思いました。
その分、親方も私も注意深く寄り添っていきたいと思いました。
我慢強く、そして礼儀正しい若中谷に感心し、歯科医の先生が若中谷を熱く応援してくださるようになりました。ご縁に感謝でございます。

【若藤岡】
名古屋場所前、小学生の頃から通っていた相撲道場の先生が宿舎を訪ねてきてくださったそうです。
先のブログにも書かせていただきましたが、若藤岡は先生のことをとても慕っております。
その先生から「稽古とは別に、テッポウ50セットを10回毎日頑張りなさいと励ましていただきました」と若藤岡は喜びながらそう話してくれました。
場所後、その話を私からまた若藤岡にいたしましたが、みんなの前だからか手を後ろに組み「はい」と言うのみ。
すると、横にいた若野口が「耕司、それでテッポウしてたの?」と。
若藤岡は小さな声で言いました。
「みんなにばれると恥ずかしいんで一人で誰もいないときにやってました」
酷暑の中、一人の時間を作って黙々とテッポウをする若藤岡を想像し胸が熱くなりました。その直向きな努力は猪突猛進な若藤岡の相撲そのものです。
頑張れば頑張った分、必ず心も体も強くなります。誰も見ていなくても自分が自分を見ています。

【若松永】
名古屋場所に御家族が来てくださいました。
取組がある日かない日かは前日の夕方にわかり、親方から力士たちへ伝えられます。
「明日若松永の取組がもしあるなら、大阪から応援に行きます」と仰っていたお母様。
夕方になり取組が発表されました。
若松永の取組はあります。御家族の皆様は迷わず名古屋行きの御準備をされました。
暑い中、チケットを取るために早朝から2時間も並んだそうです。「チケット取れました!」とお母様からご連絡を受けました。
もう私の中では若松永が勝っても負けても今日という日をお母様には悔いなく過ごしてほしいと思いました。お母様の想いは土俵の若松永に届きました。
骨折からの復帰場所でしたが、9日目御家族が見守る中、見事な完勝で勝ち越しを決めました。
冷静に勝ち名乗りを受けていましたが、何が何でも今日家族の前で勝ち越してみせるという若松永の想いは、お母様のガッツに負けていません。
親方が「家族とご飯に行ってきてもいいよ」と若松永に言いました。
「ありがとうございます」ではなく「いいんですか」と言ったそうです。
謙虚な姿勢を持っています。そんな若松永を仲間たちも助けます。ちゃんこ番は同期の若藤岡が代わってくれました。
若松永は御家族が応援に来てくれるとほとんど白星です。若松永は名古屋場所で西岩部屋勝ち越し第一号となりました。

【若小菅】
前相撲では勝ち星を挙げることができませんでした。
そこから本当に頑張ったと思います。頑張りすぎて場所前に体調を崩し、点滴もしました。
一生懸命稽古をして疲れで免疫力も落ちている中でのことでした。
親御様もそのことは御存知です。回復を信じ、祈るような想いだったと思います。なんとか初日に間に合い、回復した状態で土俵に立ちました。
猛稽古の成果が出ました。
3勝3敗というところまできました。
そして夕方、親方に連絡が入ります。
7戦目の対戦相手の力士のかたが休場するとのことでした。
親方は敢えて翌日の取組当日の朝まで待ち、稽古場で若小菅に不戦勝だと伝えました。
すると、はしゃぐことなく「はい」と一言だけ返事をしたそうです。
「若小菅らしい」と親方も褒めていました。
綺麗な所作で不戦勝の星をいただき、若小菅は今場所勝ち越すことができました。
不戦勝は一生懸命頑張った若小菅へ、土俵の神様からのプレゼントです。
ですが、もし対戦があったとしても若小菅は立派な良い取組をしていたことでしょう。
力士になって初めての勝ち越し、本当におめでとうございます。

【若小山】
横綱白鵬関と同じ身長体重で新弟子検査を突破いたしました若小山。
67キロだった体重は70キロをゆうに超え、お腹もポーンと前に突き出してまいりました。
食べることをとても頑張っています。
若小山は、部屋の仕事をしていましても「わかりません」「知りません」を決して言いません。それはいつも親方も私もとても感心しております。
「冷蔵庫にこれ全部入るかな」と言うと、「綺麗に整理すると入るかもしれません。入らないかも知れないけど一回やってみます!よーし!」とやってみてくれます。
知らないことについては、興味を持ってきいてきてくれます。
「おかみさん、りんごでウサギってどうやって切ればできるんですか?」という質問はとても可愛かったです。
「一番うまくやるぞ!」と意気込んでいましたが一番上手に切れたのは若中谷でした。
それでも「何回かやれば自分もうまくなりそうです!」
こう言えることが凄いです。頼もしく前向きな言葉です。
その挑戦心が取組にも出ていると親方は言います。
土俵際、粘って粘ってうっちゃりを決めた一番には涙が出ました。なんでもやってみよう!やればできる!の精神の強い子です。
心技体の「心」がいかに大切か、若小山は土俵でこれからどんどん結果を出し、証明してくれるでしょう。


みんな名古屋場所でまた一回りもふた回りも成長いたしました。
お世話になりました宿舎の横山様、豊明市長をはじめとする豊明市の皆様、お手伝いに来てくださった親方の後輩の方々、温かい応援、誠にありがとうございました。
毎年、豊明市でお世話になることができますようにまた一年間精進してまいりたいと思います。




7人みんないろいろです。
血の繋がりがないからこそ、みんなが互いに個性を受け入れられます。
若いなりにしっかりと自分の世界を持っている、こんな考え方もあるんだな、と親方も私も驚くことばかりです。

西岩部屋は、厳しいけど自分にとって良い環境だと、7人がいつもそう思えますように。


また東京での生活が始まります。